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澤円と森脇紀彦が語る――現場の暗黙知とデジタルが開く社会インフラの未来

日立パワーソリューションズの「安全文化の変革」と
「AIが支える保守の最前線」

澤 円Sawa Madoka
株式会社圓窓 代表取締役
武蔵野大学 専任教員(教授)
株式会社日立製作所 Lumada Innovation Evangelist
森脇 紀彦Moriwaki Norihiko
株式会社日立パワーソリューションズ
Chief Lumada Business Officer
博士(工学)

私たちの社会を支えるさまざまな現場では、今、人手不足や熟練者の退職による現場の暗黙知喪失など、多くの課題に直面しています。そうした中、IT・DX分野で豊富な知見と高い発信力を持つ日立製作所Lumada Innovation Evangelistの澤円氏が、日立パワーソリューションズ(以下、日立パワー)の安全に関する取り組みやAIを活用した保守の最前線を見学。これを受けて、日立パワーのデジタルサービス戦略をけん引する森脇紀彦氏と対談しました。当社は、現場で培ってきた知見や技術、取り組みをもとに、安全体感装置やVR装置による体感教育、AIエージェントを活用した保守支援を推進しています。現場の暗黙知とデジタル技術の融合によって、社会インフラの信頼性とフロントラインワーカーの働き方はどう進化するのか。人間とAIがともに働く未来の姿を探ります。

「安全」を知識ではなく体で覚える

森脇本日、澤さんには「安全体感訓練センタ」で、過去の災害事例を学んでいただき、安全体感装置やVR装置を用いた労働災害の疑似体験を含む安全体感訓練教育を受けていただきました。いかがでしたか。

これは意識が変わりますよ。大げさではなく、軽くトラウマになるレベルです。VRのゴーグルを付けて映像を見ながら作業をするのですが、高所から墜落したり、電源盤のケーブルを触って感電したり。もちろん、実際には落下も、感電もしていないのですが、強烈に恐怖を感じました。というのも、手でケーブルを触った瞬間に静電気のような感じでパチンと衝撃が走るので、あたかも感電したかのように感じるんですね。高所作業では、安全保護具を付けていない状況で端にあるものを拾おうとして足を滑らせて落ちることがある。VRの映像と床の動きが連動しているので、本当に地面にたたきつけられたかのような衝撃を受けました。

森脇われわれ日立パワーでは、社会インフラ設備やさまざまな産業設備の保守をしています。こうした保守の現場では、手順の間違いや保護具の未着用などを要因とした感電事故や、高所墜落事故などが実際に起きています。日立グループにおいても同様の災害が発生したことがありますので、同じ過ちを繰り返さないよう、職場で発生しうる災害や事故の事例を具体的に示し、体験として学び、直感的に理解させる体感教育を繰り返し行うためのカリキュラムやツールを開発してきております。

これはもう、日立グループ従業員、全28万人に、ぜひ受けてほしい安全教育です。

森脇そう言っていただけると、私たちもこの教育に取り組んだ意義を感じます。2024年11月から実施してきましたが、フロントラインワーカーを中心に、日立パワーの従業員約2,000人がすでに体験していて、皆、意識が変わったようです。問い合わせも多くいただいていて、日立グループの受講生も増えています。

これまでも安全教育はずっとやってこられたわけですよね。

森脇もちろんそうなのですが、それでもやはり事故はなくなりません。そこをさらに従業員の意識にまで踏み込んで、安全の文化そのものを変えたいと、ギアをチェンジするくらいの意気込みで始めた取り組みになります。

座学よりも説得力がありますしね。1時間の座学より、1分の体験の方がよほど効果的です。
日立パワーは、われわれの生活に最も近いところで、人命にも関わりうる社会インフラを支えています。その中で蓄積されてきた安全の勘所――まさに「究極の一次情報」を体感できるというのは、非常に価値のある取り組みだと感じました。

保守問い合わせをAIがサポート

森脇障害発生時の原因究明・対策立案業務にAIを導入した「サービスレスポンスセンター(以下、SRC)」も見学いただきましたが、こちらはいかがでしたか。

見た目は普通のオフィスなんですよ。机が並んでいて、モニターがあって、ヘッドセットでスタッフの方たちが電話対応している。でも説明を聞くと、やっていることは素晴らしいと思いました。

通常のコールセンターは一次受付だけで、専門家には別途取り次ぐイメージですよね。ところが、SRCではエキスパートが直接対応しているのです。
SRCのモニターに映っているのは、今まさに起きているインシデントのリストだったのですが、「ああ、これは止まったらまずいやつだ」というものばかりでした。それを、AIも活用しながら、多くの場合、エキスパートがその場で解決する。実働部隊とも連携していて、24時間365日対応しているわけですから、もはやコンサルティングですね。

森脇社会インフラは停止できませんからね。日立パワーでは、上下水道、鉄道など、約3,000サイトの制御システムを含む社会インフラ設備の保守サービスを手がけていますので、SRCにも年間3,000件を超える問い合わせがあります。その中には、比較的すぐに対処できるものもあれば、解決までに1週間程度かかってしまうものも、製造元に問い合わせないと解決できないような複雑な問題もあります。初動判断が遅れると、社会インフラに影響が出てしまうものも多く、できるだけ早く対応策を見つけなければなりません。だからこそ、専門家が直接対応に当たっているのです。

なお、先ほど澤さんに見ていただいたSRCの担当者は10人程度でしたが、全国に26カ所のサービス拠点がありますので、全体では数百人ほどが対応しています。皆さん、現場経験を経たエキスパートたちです。

つまり、SRCがハブになっているわけですね。ビジネスをうまく回す上で何が大切かと言えば、「知らないことを知っている」ということ。つまり、自分たちのところで解決できる問題なのかどうか、その判断ができないと問題が長引いてしまう。判断できる人がアサインされているところが、SRCの肝と言えます。

森脇SRCの業務を効率化するためにAIエージェントを導入したことで、従来よりも大幅にスピードアップできるようになりました。具体的には、マニュアルや過去の障害事例など、膨大なドキュメントをデータベース化し、AIに読み込ませて、障害内容に応じた適切な情報を即座に検索できるようにしました。2025年10月から本格稼働していて、業務効率を約30%向上できるようになりました。

実機訓練やAIのサポートでミスをなくす

森脇社会インフラなどの重要な機器を扱うための実機訓練を目的とした「トレーニングセンタ」での体験についてもお聞かせください。

街中でときどき、ボタンやランプのついたベージュ色の鉄製の箱を見かけることがありますよね。あれは制御盤と呼ばれるものなのですが、その操作を実際に体験しました。動作確認の訓練自体はボタンを押すとかレバーを引くとか、非常にシンプルな4ステップなのですが、いざ実践してみると、指差し確認で声を出す際に、緊張で口がうまく回りませんでした。やはり、実機を使って繰り返し訓練して、慣れることが非常に重要だと気付かされました。

また、バルブの内側などがスケルトンになっていて、のぞけるのも興味深かったですね。安全を担うデバイスや制御盤など、社会インフラ設備の裏側を見るのは初めての機会だったので、解像度がぐっと上がりました。まさに最高の社会科見学でした。

森脇社会インフラを支えている設備や保守の一端を見学、体験していただいて良かったです。

AIを使った取り組みも印象に残りました。例えば、作業後に全ての工具がそろっているかどうかを画像で確認するシステムがありましたが、もう自分の生活に取り入れたいくらい。しょっちゅう探し物をしていますからね。もちろん、僕の探し物は、誰かに迷惑をかけることはほとんどないけれど、日立パワーの現場ともなれば、1~2人どころか、下手したら何万人、何百万人もの人に影響を与えかねない。

森脇まさにそうです。そのほかにも、作業手順を間違えるとアラートを出すシステムも見学いただきました。例えば、感電の危険のある場所で、絶縁手袋や安全靴などの保護具を着用していなかったり、作業の手順を間違えたりした際に、警告が出る仕組みになっています。

実際に、警告が出ましたね。脚の保護具を忘れているよ、と。やはり、そうしたサポートがあると心強いですね。

森脇保守の現場では、何か複雑な装置を分解してメンテナンスをしたり、部品を交換したりする作業がよくあるのですが、これって、実際にやってみるとけっこう難しいですからね。

自分の経験では、色々なものを分解すると、不思議なことに、必ずネジが1本余ってしまうんですよね。

森脇そういうときに、ネジの締め忘れがないかどうかを、AIが画像から判断して教えてくれます。保守サービスの品質向上と効率化に大いに役立つと考えています。

「カスタマーゼロ」で成果と価値を社会実装

日立パワーのこれらの先進的な取り組みのポイントは、まず自社で取り組んで、それを日立グループや外部企業に展開している点ですよね。

森脇日立グループの最大の強みが何かと考えると、やはりさまざまな事業ドメインで培ってきたナレッジを持っているということ。それらをAIと組み合わせることで、ほかにはないユニークなビジネスとして展開できる。ただ、ほかにはない取り組みだからこそ、まずは自分たちが試して最新の成功事例を作るところから始めています。この取り組みを「カスタマーゼロ」と呼んでいるのですが、自分たちで徹底的に試して、不具合や失敗を経て改善していくことで、磨きあげた成果と価値としてお客さまに提供していきます。

私が以前いた日本マイクロソフトでも、似た取り組みをしていました。「最初の顧客、最高の事例」と言っていたのですが、まず社員が最初の顧客となって、使ってみて、開発部門へフィードバックして改善していく。クラウド時代になってからは、インサイダープログラムといって、OSの新機能や更新プログラムを一般提供前に、ユーザーに無料で試していただけるプログラムも展開しています。これは開発側にとっても、ユーザーにとっても双方にメリットがある。外側から情報を見聞きするよりも、一次体験の方がよほど説得力がありますからね。それこそ、「あそこの店、ミシュランの星を獲っているみたいだから、行ってみれば?」と言われるのと、「昨日、行ったラーメン屋、めちゃくちゃうまかったから、明日一緒に行こう」と言われるのとでは、後者の方が断然、魅力的ですよね。

森脇よく分かります。それこそが実体験に基づく一次情報の価値ですよね。

現場の声から生まれた「AIエージェント」を相棒に

もう一つ素晴らしいと思ったことがあります。先ほど体験したシステムでは、生成AIを使って、あるタスクに特化したエージェントが組まれているのですが、これらは現場の人が自ら作れるものであるということ。つまり、現場の方のニーズから生まれてきたわけです。これって、まさに、20年くらい前に流行った「エンドユーザー・コンピューティング」ですよね。当時はクラウドもなく、運用コストがかかることからほとんど活用されませんでしたが、今なら生成AIを使って現場の方たちが低コストで必要なエージェントを自ら構築できる。まさに、生成AIの最も有効的な使い方だと感じました。

森脇おっしゃるように、工具の置き忘れやコンデンサ電極配線の付け間違いなど、実際に過去に何度か類似のミスが起きています。こうした失敗を教訓にしてAIエージェントを構築することで、同じようなミスを防ぐことができるようになると考えています。

ご存知のように、人工知能の父の一人、マービン・ミンスキー氏は『心の社会』(産業図書、1990年。原著は1986年)の中で、人間の心は多数のエージェントの集合体であると説きました。「学校に行かなきゃ」「おなかが減ったからご飯を食べよう」「仕事をするぞ」といったように、自分の中のさまざまなエージェントが組み合わさって、人間は生きている。そのエージェントのうち、仕事に関わる部分を抜き出し、人類の外部機関としてタスクを請け負ってくれるのがAIエージェントです。そもそもオフィスワーカーの仕事の6割は繰り返し作業であると言われていて、同じことを同じクオリティで達成することが求められます。そういう仕事こそ、コンピューターに向いている。AIエージェントは人間のように作業にムラがなく、電源が入っている限り、常に安定して働いてくれるのも大きな利点です。

森脇しかも、今や自社でつくらなくても、最先端のAIを使って、素早くさまざまなAIエージェントを組むことができますからね。

AIやAIエージェントにどのような仕事を任せればよいかを考えるときには、私たち人間がコントロールできないパラメーターからの逆算の視点を持つ必要があると思っています。人間が絶対に変えられないパラメーターって何だと思いますか?

森脇何でしょう?

時間です。時間は一方向にしか流れない不可逆なものであって、絶対に変えられない。時間のパラメーターは固定なんです。そして有限だからこそ、時間をかける価値のある仕事かどうかを見極めなければならない。繰り返し作業のような仕事は、徹底的に機械やAIの力を借りたいですね。

AI時代にフロントラインワーカーが注目される理由

森脇今、澤さんがおっしゃったことに加えてもう一つ、われわれがAIやAIエージェントの取り組みを強化している理由に、人手不足や熟練者の退職による暗黙知喪失への懸念があります。この懸念を払拭するには、守りと攻めの両側面が必要だと考えています。守りは、熟練者のノウハウやナレッジ、技能の伝承へのAIの活用。攻めは、こうしたAIをどんどん使いつつ、強みとなる新しいナレッジも自律的に創生できるような仕掛けの構築です。
その源泉になり得るのが、フロントラインワーカーの方たちが作業している様子を映した映像データです。こうした映像を撮り貯めておくことで、数年後に熟練の暗黙知を抽出する方法が発見できるかもしれない。あるいは、そうした映像をロボットの学習データとして活用できれば、ロボットが人間と協調作業できるようになるかもしれない。そうなれば、フロントラインワーカーの仕事がもっと魅力的でかっこいいものになるはずです。

もはやホワイトカラーの仕事はAIに取って代わられつつありますしね。

森脇だからこそ、教育の仕組みから変えて、魅力的なフロントラインワーカーの仕事を増やしていくことが求められている。それこそが社会イノベーション事業ですよね。

アメリカ合衆国ではすでに価値観が変わってきています。少し前の『Newsweek』の記事で紹介していましたが、求人情報サイト「フレックスジョブズ(FlexJobs)」の調査によると、ホワイトカラー労働者の3,000人超のうち62%が、より高い収入と安定が得られるなら、技能職への転職を検討しているという。その理由は、ホワイトカラーでは稼げなくなってきているから。アメリカ合衆国の場合、新卒一括採用ではなく、従来は、大学在学中にインターンを経験して就職することが多かったのですが、もはやインターンの仕事がAIに取って代わられていて、卒業しても就職できない人が増えているのです。そうしたことから、卒業後に技能職を選択する人たちが激増している。しかも、「ブルーカラービリオネア」と言われるように、水道工事や建設、物流などに従事する人たちが稼げる時代になってきているのです。

もちろん、いきなり日本がそうなるとは思いませんが、今後、フロントラインワーカーの価値は上がっていくでしょう。独立研究者で著作家の山口周氏が、「人間はあまりにも楽しい仕事を手放しすぎた」とおっしゃっていましたけれど、魚釣りにしろ、狩猟にしろ、ガーデニングにしろ、趣味として楽しむ人が多いのは、それらが楽しいからですよね。AIがサポートしてくれる時代においては、こうした手を動かすことの価値が見直されるようになると思っています。

AI時代、人間は好きなことをすればいい

森脇AIがますます私たちの生活に入り込んでくる中で、澤さんは、人間は何をすればよいと思いますか。

好きなことをすればいいんじゃないですかね。好きなことを探せばいい。これから世の中、コンテキスト、つまり「文脈」がますます重要になっていくと思うんですね。20世紀前半、写真の登場によって写実的な絵画の価値が変わり、ピカソの絵画が脚光を浴びた。同様に、AIの登場というコンテキストによって、AIとはまったく違う人間の豊かさが再定義される、ということは十分あり得ると思います。

森脇なるほど。最近、音楽を聞く際にアナログのレコード盤の人気が高まってきているというのも同じ理由なのでしょう。先ほどの魚釣りではありませんが、ちょっと面倒くさかったり、手間暇がかかったりするような仕事の方が魅力的になっていくのかもしれません。

一方で、AIの登場で仕事が奪われる面はあるにせよ、その分、新たな専門職などが生まれる可能性もあります。人間とロボットがともに働く環境を設計するコンサルタントといったように、今は存在しない新しい仕事が生まれてくるのではないでしょうか。

NVIDIA(エヌビディア)の共同創業者であり、現CEO(最高経営責任者)ジェンスン・フアン氏は、世界最大級のテクノロジーイベント「CES 2025」で、「企業のIT部門はAIエージェントの人事部のような役割を担うようになる」とプレゼンしていました。要は、AIエージェントがデジタル労働力として職場に入ってきて、人間の従業員と一緒に仕事をするようになり、将来的には、IT部門が単にインフラやソフトウエアを管理するだけでなく、AIエージェントを採用、育成、管理するようになる、と。AIエージェントが張り切って仕事をしてくれるようになったら、人間は自分の特性への向き不向きにかかわらず、やりたいことをやればいいんですよ。向いていなくて、やりたくもない仕事をしていたら、病んじゃいますからね。

森脇おっしゃるように、職場にAIエージェントに加えてロボットが入ってくると、これまでの組織の在り方は大きく変わるでしょう。人間にできることは何か、そろそろ再定義するときに来ているのかもしれません。日立グループのような大きな組織の中で、いかにAIと共生しながら新たな価値を生み出していけるのか。OTの実績を持つわれわれだからこそできる新たなチャレンジに期待していてください。

  • ※本内容は2026年3月時点の情報です。
  • ※本事例に記載の情報は初掲載時のものであり、閲覧される時点では変更されている可能性があることをご了承ください。